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不思議の国御魯西亜奇譚集

アンドレイ・ヴォールギン『バルカン・クライシス』

2023.01.24 アンドレイ・ヴォールギン『バルカン・クライシス』 2019
BALKANSKIY RUBEZH
 バルカン半島、ユーゴスラビア。セルビア人とアルバニア人による内戦は、ロシア、アメリカ、NATO各国を巻きこんだ紛争に発展。1999年、NATO軍はセルビア空爆を開始。ロシアとアメリカの対立が激化する中、戦略的要地であるコソボのプリシュティナ空港を占拠せよという秘密指令が、ロシア特殊部隊に下された。指揮官のベックとシャタロフたち精鋭部隊は、NATO軍の機先を制して空港制圧に成功。だが、小部隊の彼らに対し、数百名ものコソボ解放軍が猛攻を仕掛けてくる。絶体絶命の危機。ロシア平和維持部隊が援軍として駆けつけるまで、シャタロフたちは圧倒的不利な戦闘に耐え抜けるのか? ーーFilmarksより
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 ロシア・セルビア合作。複雑怪奇な展開となった旧ユーゴ「紛争」を、ロシア&セルビア側の「正義」を基準にして明快な戦争ドラマに仕上げた。極悪非道のアルバニア過激派。彼らを支援するアメリカとNATOの阿呆どもーーという図式だ。
 NATOとロシアの「野合」に反撥し、命令違反で追放されたロシア特殊部隊。数年後、彼らの名誉回復を条件に秘密任務が指令される。制圧した空港は過激派の秘密拠点だった。奪還を目指す数百人の部隊がわずか10人のチームを包囲して総攻撃にかかる。ロシア正規部隊は、各国間の政治的駆け引きもあり、空港付近まで接近しつつも、彼らを見殺しにしようとする……。
 という後半の展開は、アメリカ映画で有名なアラモ砦の故事にならったパターン。正義と悪との対決は明快だ。
 数百人規模の悪の大部隊が数名を残してほとんど全滅させられる。死骸死骸死骸が山をなし折り重なる「ロシア的」スペクタクル。
 とにかく、戦争アクションとしての迫力が圧倒的。余計な理屈や、歴史的事実への予備知識なんか不要と思わせる。
 敵による容赦ない民族浄化(一般市民虐殺)が正面から描かれる。もちろんこれは、ロシア軍による戦争犯罪ではないから「告発」されて当然なのだ。とはいえ、上層部の政治の暗黒面、使い捨てにされる兵士たちの哀感も描かれ、その一面では、目立たないけれど「反戦」的なメッセージもふくまれる。
 戦闘シーン、銃弾・爆薬その他のリアルにおいて、世界を圧倒するロシア戦争映画。その新らたな模索をみるかのようだ。たんに、国策を発揚するのみの「ソ連」スタイルではなく、宿敵たる西欧ヒューマニズムの観点も利用できるものは何でも利用する。大祖国戦争はともかく、アフガン、チェチェン、クリミアなどの地政では、ロシアの正義にとって分が悪い。下手に正当化しようとするとボロが出る。では、どこがいいか? いまだ紛争の火種がくすぶるバルカンは、一つの答えだろう。
 戦争映画の題材と現実の戦争の拡大とが、まるで同期しているかのような錯覚にとらわれないでもない。……これが現代か。
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